——命令・疑問文・主語をめぐる話
親になると、子どもに対してよくこんな言い方をするようになった。
それ、触らないよ
走らないよ?
今日はもうおしまいだよ
「〜しないで」や「やめなさい」ほど強くはないし、
かといって単なる説明という感じでもない。
なんというか、
やんわりした命令、あるいは制止。
ふと考えてみると、これをそのまま英語やフランス語に訳すのは、なかなか難しい。
Don’t touch it. だと強すぎるし、
You don’t touch it? だと意味が変わってしまう。
この「〜しないよ?」って、いったい何なんだろう?
と思って、少し調べてみた。
「〜しないよ」は命令文ではない
まず形だけを見ると、「〜しないよ」はとても地味だ。
- 動詞の否定形
- 終助詞「よ」
命令形でもないし、禁止形(〜するな)でもない。
ただの否定の平叙文である。
それなのに、育児の場面ではちゃんと
「それはやらないでほしい」という意味で通じる。
ここで起きているのは、
文の形と、実際にやっていることがズレている
という現象だ。
発話は「意味」ではなく「行為」
このズレを説明する考え方に、
発話は行為である、という発想がある。
この考え方をはっきり示したのが、
哲学者 J.L.オースティンの言語行為理論だ。
オースティンは、
- 文は単に意味を伝えるものではなく
- それを発することで、何かを「している」
と考えた。
たとえば、
窓、開いてるね
これは事実の報告にもなるし、
「閉めてほしい」という依頼にもなる。
文の意味そのものよりも、
その場で何をしようとしているかに注目した。
「〜しないよ?」は命令を疑問にしている
「〜しないよ?」になると、さらに面白い。
走らないよ?
それ触らないよ?
形としては疑問文だけど、
本当に「質問」しているわけではない。
実際には、
走らない、よね?
そうするって分かってるよね?
という、同意を前提にした言い方になっている。
命令をはっきり言わずに、
「私たちの間ではそうだよね」という形にする。
だからきつく聞こえにくいし、
子どもにも受け入れられやすい。
この文の「主語」はどこにあるのか?
学校文法的には、
(あなたは)走らないよ?
と説明されることが多いと思う。
でも、ここで少し引っかかる。
この「あなた」は、本当に省略されているんだろうか?
命令文や疑問文は、最初から主語を持たない?
ある文法書で、こんな説明を読んだことがある。
命令文は、主語が省略されているのではなく、
最初から主語を持たない文型である
理由はわりと納得がいく。
「省略」というのは、本来ある形を
「言わなくても分かるから省く」という、大人の操作だ。
でも子どもは、
- 「行け」
- 「やめて」
- 「これ?」
といった形を、最初から完成形として使っている。
「あなたは行け」「あなたはこれ?」
という形を知ってから省略しているわけではない。
つまり、
主語を省いているのではなく、
そもそも主語を立てていない
と考えたほうが自然に見える。
主語は「世界を説明するとき」に現れる
ここまで考えると、整理できる。
- 事実を説明する文
→ 主語が必要 - 事実を確認する疑問文
→ 主語がある - 相手を動かす文(命令・誘導)
→ 主語を立てない
「〜しないよ?」は、
世界を説明しているのではなく、
相手の行動をそっと調整している文だ。
だから主語がなくても成立する。
なぜ翻訳しにくいのか
英語やフランス語では、
- 主語を立てるのが基本
- 疑問文は「本当の疑問」であることが多い
そのため、
- 命令は命令として言う
- やんわりさは語彙や言い回しで調整する
という方向になる。
日本語のように、
主語を曖昧にしたまま
命令を疑問っぽく言う
という構造は、かなり特殊らしい。
おわりに
「〜しないよ?」という、何気ない育児フレーズをきっかけに、
- 発話は行為であること
- 主語は必須ではないこと
- 疑問文は必ずしも疑問ではないこと
を改めて考えることになった。
親になってから気づいたこの違和感は、
日本語を「文法」ではなく「行為」として見る
いい入口だった気がしている。





















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